【実績レポート】東京都食育フェアの実践から考える行政・地域連携のヒント|大規模イベントを支える「チームの力」と「火を使わない食育」の可能性
子どもたちの健やかな成長を支える「食育」。自治体の現場でも、健康増進計画や食育推進基本計画に基づき、さまざまな取り組みが進められています。一方で、いざ住民向けのイベントや体験講座を企画しようとすると、いくつかの現実的なハードルに直面することが少なくありません。
「多くの親子が訪れるイベントを企画したいが、運営体制が追いつかない」
「調理室のない会場や屋外では、食育講座の実施が難しい」
「アレルギーや衛生管理の懸念から、食べ物を扱う企画には慎重にならざるを得ない」
こうした声は、地域の現場に携わる方々からよく耳にする課題です。
2025年11月、代々木公園で開催された「東京都食育フェア」に、私たちは子どもの食育講師13名のチームで出展しました。会場となったのは、青空が広がる秋の代々木公園のケヤキ並木。調理設備も給排水もない屋外の仮設テントブースです。(2026年11月に出展を予定しています)

この大規模なイベントで、多くの親子に笑顔で食の体験を届けることができた背景には、「一人ではできない規模を支えるチーム体制」「多職種の知見の融合」、そして「調理設備を前提としない体験設計」という3つのポイントがありました。この出展事例をもとに、地域の食育活動をより身近に、そして柔軟に広げていくための実践的な工夫についてお伝えします。
1. なぜ「チーム」だったのか――大規模運営を支える仕組み
東京都食育フェアは、東京都が主催する週末の2日間で数万人規模の来場者が訪れる都内でも屈指の食育イベントです。会場には多くのブースが並び、子どもからご年配の方まで、実に多様な方々が行き交います。
このような大規模な場でブースを運営する場合、単独の講師や少人数のスタッフだけでは、どうしても対応できる人数に限界が生じます。待機列の整理や受付に追われ、肝心の子どもたち一人ひとりとの対話がおろそかになってしまっては、せっかくの体験価値が半減してしまいます。
そこで今回は、関東近郊で活動する(社)日本キッズ食育協会の認定キッズ食育トレーナー13名が集まり、チーム体制を組んで出展に臨みました。
集まった講師の顔ぶれは実に多彩です。指導歴6〜7年のベテラン講師から、資格を取得してわずか10日という新人講師まで、経験値も活動地域もさまざまでした。それでも現場で混乱が起きず、質の高い対応を維持できたのには明確な理由があります。
それは、全員が「共通の指導メソッド」(キッズ食育)という共通言語を持っていたことです。

子どもの発達段階に応じた声かけの仕方や、否定語を使わずに自己肯定感を育むアプローチ、混雑時における安全配慮の優先順位など、チーム全体で大切にする軸が共有されていました。
そのため、細かな指示系統がなくても、スタッフ一人ひとりが周囲の状況を見て自律的に動き、混雑した場面でも温かく落ち着いた対応を続けることができました。
大規模な催しであっても、共通の基盤を持つチームで取り組むことで、安全管理と丁寧なコミュニケーションを無理なく両立させることができるのです。
2. 薬剤師・管理栄養士・保育士――多職種の視点が集まることの価値
食育と聞くと、「料理の作り方を教えること」や「栄養バランスの大切さを伝えること」を真っ先に思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、子どもが「食」に興味を持ち、生涯にわたって自分の健康を守る力を身につけていくプロセスには、多角的なアプローチが必要です。
キッズ食育トレーナーには、バックグラウンドとして様々な専門性をもったトレーナーや、継続したレッスンを通した実践力を高めたトレーナーが多くいます。

専門分野からの知見と、「対こども」の実践力を合わせることで、子どもが楽しく、そして保護者の皆様の安心感満足度の高い活動が可能となります。
3. 「火や生ものを使わない」――場所を選ばず広がる食育のカタチ
地域で食育イベントを企画する際、最も大きな制約となりやすいのが「場所」の問題です。
「調理室の予約が取れない」
「体育館や公民館の会議室では、火や水が使えない」
「屋外イベントでは、食中毒やアレルゲンの交差汚染が心配」
こうした理由から、企画そのものを断念してしまった経験をお持ちの担当者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回の東京都食育フェアで私たちが実践したのは、「本物の食べ物を直接口にしない・調理設備を必要としない」体験型プログラムでした。
具体的に実施した内容は次の2つです。
① デコラップⓇを使った野菜・果物づくり
食品包装用の専用ラップフィルムとアルミや型紙を使い、野菜や果物の立体的な模型を作るワークショップです。
子どもたちは、「にんじんのヘタってどんな形をしていたっけ?」「なすの皮はどんな色をしているかな?」と、食材の特徴を思い出し、観察しながら手を動かします。実物を調理して食べるわけではありませんが、食材の色や形、手触りへの関心を強く引き出すことができます。生ごみも出ず、手洗いや消毒の設備が限られた環境でも、衛生面・アレルギー面の不安なく安全に実施できるのが大きな特徴です。
子どもへの働きかけ方次第で、子どもの可能性を引き出すお手伝いができます。

② 食育かるた釣りゲーム
(社)日本キッズ食育協会の増田陽子トレーナーが考案した、旬の食材や和食の基本、箸の持ち方などが描かれた「食育かるた」を、竿を使って釣り上げるゲームです。
文字が読めない小さなお子さまでも、イラストを見て直感的に楽しむことができます。「釣れた!」という喜びとともに、自然と食に関する言葉や知識に触れられる工夫を取り入れました。
この2つのプログラムに共通しているのは、「机と椅子さえあれば、どこでもすぐに開催できる」という点です。
調理室のないコミュニティセンター、図書館の一角、学校の体育館、公園の芝生広場、さらには商業施設の空きスペースまで、あらゆる場所がそのまま「食育の場」に変わります。また、食材を口に入れないため、重篤な食物アレルギーを持つお子さまでも、周りの子とまったく同じように安心して参加することができます。
「食育=料理を作って食べること」という固定観念を少し外してみるだけで、食育を届けるフィールドは地域の中に無限に広がっていきます。
4. 地域に「食の体験」を届けるための、これからのヒント
代々木公園の会場では、ブースでの体験だけでなく、特設ステージに登壇して「子どもの生きる土台をつくる食育」についてお話しする機会もいただきました。
その中で強く感じたのは、子どもたちだけでなく、子育て中の保護者の皆さんもまた、「食」について安心して相談できたり、子どもと一緒に気軽に楽しめたりする場を求めているということです。
今回の出展を通じて得られた学びは、地域の食育推進を考える上でもいくつかの示唆を与えてくれます。
- 拠点を越えたチーム連携の可能性一人では抱えきれない大規模なイベントでも、共通の理念と手法を持った人材がチームを組むことで、質の高い体験を安定して提供できること。
- 多職種連携による安心感の創出医療・栄養・保育といった多様な専門職が連携することで、子どもの興味喚起と保護者への専門的なサポートを同時に実現できること。
- 環境に縛られない柔軟なプログラム設計非調理型のアプローチを取り入れることで、衛生管理の負担や施設の制約をクリアし、住民の生活動線に近い場所へ食育を届けられること。
食育は、特別な施設や大がかりな設備がなければできないものではありません。
地域の公園やオープンスペースなど、人々が普段集まる場所に、専門知識を持った人たちがチームで出向いていく。そんな身近でハードルの低いアプローチこそが、これからの地域社会において食育の裾野を広げていくための大切な鍵になるのではないでしょうか。
子どもたちが豊かな食への好奇心を育み、未来を生きる力をたくわえていけるように。地域の特性や課題に合わせた柔軟な食育のあり方を、これからも現場の実践を通じて探求し、発信していきたいと考えています。
石井 千賀子(いしい ちかこ)

食と学ぶと 代表/薬剤師/キッズ食育マスタートレーナー
昭和大学薬学部を卒業後、病院薬剤師・調剤薬局勤務を経て、食を通じて子どもの「考える力・生きる力」を育む教育事業「食と学ぶと」を主宰。医療従事者としての知見と子どもの心理・発達理解を掛け合わせ、地域における食育教室の運営や、公共施設・イベント等での体験講座の企画・指導を行っている。